破産のタイムテーブル3−末期症状
2008/07/13 (Sun) 22:05
今日は暑かったですね。
私は今朝5時半起きで、地域の草刈りに行ってきました。
きのうも用事で、5時半起きだったので、さすがに寝不足で、
午後ダウンしてしまいました。
しかし、2年前の今ごろは、寝付くと借金と言う悪夢にうなされて、
今とは違う意味で寝不足でした。
つづき・・・
2006年6月、ついにお金がどこからも入らなくなりました。
工事はやっていたものの「やごうり工事」の工事金は前倒しで使い
切ってしまい、あとは億に近い借金があるだけ・・・
っというか、いくら借金があるか把握さえしていなかった。
把握するのが怖かったのでした。
私は気が狂いそうでしたが、病気の両親に気を使って
何とか平常心を装い、保とうとしていました。
しかし、夜は眠れず、うとうとすると「はっ」っと
目がさめるようになっていました。
そんな状況でも、また給料日がやってきてしまいました。
MKと相談した結果、N会長に相談することになりました。
MKは「東五郎山の話しが進まず、それがお金にならないのは
N会長のせいだし、給料のことで、従業員に労働基準監督所に
通報されるのはN会長もこまるから、先月と同じようにN会長から
お金を借りられるように話しをしてみよう」っと言いました。
私は、最初からMKはN会長から借りたお金を返さないつもりだな!っと
直感していましたが、その話しに賛同しました。
どうにかして、この苦しい状況を抜け出したいとその一身でした。
次の日、MKと私はBY社の事務所に行き、N会長に借金の
申し込みをしました。
会長はそれについて、1時間ぐらい「俺は金は持っていないんだ」
とか「金なんか貸したら息子に怒られるから」とか、
なんだかんだと言って、貸すのを渋っていました。
私は会長のその態度にだんだん腹が立ってきました。
N会長はウチの会社に寄生して、さんざんお金を搾り取ったくせに
「ウチの会社がお金に困っている?そんなことは俺には関係ない
ことだ」っと言わんばかりの話しぶりだったからです。
私は自然と涙があふれ出てきました。
そして怒りの言葉の代わりにはっきりとこう言いました。
「すいません。・・うっう(涙)
私がしっかり会社を管理していれば、こんな風に会長にお金を
借りるような、迷惑をかけるようなことにはならなかったのに、
本当に申し訳ありません。。うっぅぅぅ(T_T)」
(そのあとも泣きつづける)
それを見た会長は何も言えなくなりました。
私のその涙は怒りの涙で、頭の中では冷静に、
絶対、こいつ(会長)からお金をもぎ取ってやると言う
強い意志で行動していました。
案の定、というか、N会長にもまだ人の心があったのか
50万円貸してくれることになり、
前月と同じように、サラ金から会長名義で借りた50万円を
会長は私に渡しました。
私は「ありがとうございます」っといって会長からお金を
受け取りましたが、返す宛てはありませんでした。
し、かえすつもりもありませんでした。
私の小さな復讐です。
翌日、そのお金で従業員にお給料を払いました。
それで少しだけ気持ちが軽く、スッキリしました。
このとき、大嫌いなN会長に、泣きを入れてまで
お金を借りたことは、完全に私の精神状態の末期症状だった
と思います。
しかし、さらに試練はつづくことに・・・
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